①STALKER/CoPの実況をUPし始めました。
②駿台の全国模試で爆睡しました。(前日に一睡もしないでSTALKERしてた)
③テストが近づくとやる気が無くなるのは俺だけでいい。
そんな感じ。
ついでに、shot1で使用した、メモ帳をさらしておく。
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字幕と音声が別々のことを言っている……。
何故かは分からないが、ここでは音声の方を翻訳した。
人は生き、人は死ぬ。『S.T.A.L.K.E.R./Call of Pripyat』実況プレイ shot1
科学は殺人を犯さない。<br>
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殺したのは、お前たちだ。<br>
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■実況シリーズ6弾目は『S.T.A.L.K.E.R./Call of Pripyat』です。<br>
形而上/形而下、自由/義務、宗教/傭兵、深読みしだすと止まらないと評判のゲーム。<br>
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■ゲーム内設定の詳しい説明はshot2で。<br>
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■お暇なら、どうぞ見て行ってください。<br>
それでは早速、Let's rock!!<br>
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■STALKER/CoP目次[製作中] 次回(shot2)エンコ中 他の動画mylist/14442856
1986年4月26日、現地時間で1時23分。
チェルノブイリ原子力発電所(CNPP)の4号炉は、
莫大なエネルギーを伴い、爆発、崩壊した。
その放射線は風雲に運ばれ、
東ヨーロッパ、USSR(ソ連)、
果てはアメリカにまで到達した。
放射線被害は深刻で、
付近の住民は移住を余儀なくされた。
CNPPを中心に半径30km圏内は、
汚染区域として、進入禁止となった。
にも関わらず、CNPPは沈黙しなかった。
CNPPがあり、一般人がいない、という環境は、
USSRにとって都合がよかったのだ。
極秘研究所を建設する場所として。
###↓何回聞いても、11日と聞こえる。でも字幕では10日らしい。なにこれ。
2006年6月11日。
CNPP一帯を閃光が照らし出した。
空の雲は一瞬にして蒸発したようであった。
わずかな静寂の後、
雷鳴の如き轟音が、大地を揺るがした。
周辺の警備隊員のほとんどが、
即死した。
2008年になっても、
何が起きたか、分からないままだった。
何度か調査隊が派遣されたが、
ことごとく壊滅してしまった。
生存者はこう証言した。
「謎の能力を持つ、変異生物(mutant)の温床だ」
様々な憶測があるが、2010年の時点で、
100~300の人間が、
この「ZONE」で生活していたようだ。
彼らは、自分達を「STALKER」と称した。
異常な生態系が生み出す、「アーティファクト」。
これがSTALKER達の収入源であり、
高値で取引された。
2011年。
軍の規制にも関わらず、
STALKERの数は増え続けた。
しかし、STALKER達はZONEの縁で生活した。
ZONE中心部は、未知なる領域だった。
なぜなら、中心部に向かった者は、
皆、全滅したから、である。
2012年。
StrelokというSTALKERが、
人格破壊装置(brain scorcher)を突破した。
ZONE中心部への道が開けたのである。
人格破壊装置(X10研究所)が沈黙した後、
STALKER達はZONE中心部へ進出した。
ある者は、新たなアーティファクトを求めて。
ある者は、大願成就装置(Monolith)を求めて。
政府は大規模な軍事作戦を展開した。
これが有名な「Fairway作戦」だ。
空中のanomalyを地図に描き、
CNPPまで複数の軍用ヘリで向かった。
慎重に、かつ、緻密な計画がなされたが、
作戦は失敗に終わり、
ヘリは1機たりとも帰還しなかった。
USS(ウクライナ保安庁)は、
デグティアレフ少佐をZONEに送り込んだ。
任務は、作戦ヘリの消息を確かめること。
(↓AKM-74/2U、またはAKS-74Uは、一般に出回っている。ビンラディンとか、テロリストがよく持ってるみたい。)
ごく普通のアサルトライフルと食料、
HQとの交信用のラジオを持ち、
彼はSTALKERの振りをした。
ZONE中心部に向けた冒険が、始まった。
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それでは、STALKER、よろしくお願いします。
We'll sooner or later go to the happy hunting ground.
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